index < 日誌 < K夫人:目次。< 38、「音色(ねいろ)」
~2 瞬間。
彼女の声が僕の耳を素通りして、直接僕の心臓をノックしている。××さん起きて、どうしたの、目覚めて・・・。僕は自分を見失っていて、どこか眠りの世界にいるのである。そして、彼女が外から呼びかける。つぶやき、そして、ささやきかける。はたして何を言っているのかわからない。でもこれだけはわかる。彼女は僕を誘い促(うなが)しているのである。「めざめて、起きて」と。 そのとき僕は自分自身を見ていたのだと思う。自分自身の中に眠っていた何か得体の知れない未知の自分というのを見ていたのだと思う。彼女の声を通して。しかし、それが何なのか、何のことなのか自分でもわからないのである。 それが自分自身のことなのだというのは、よく分かるし、疑いようがないのであるが、しかし、それがはたして何なのか自分でもよくわからず、いたたまれず、当惑し、愕然として立ちすくみ途方に暮れているのである。だがしかし、たしかに彼女の声は際限なく美しく、うっとりしてしまうのである。そして、なにもかもが、もはやどうでも良いことのように思えてくるのである。 そのとき、彼女が近づき声をかけて来たとき、ぼくは別の自分を見ていたのだ。いままでとも、ふだんとも違う別の自分を見ている。そして自分の中に何かを見つけ、発見し、確かめようとしていたのである。そしてそれが何なのか自分でもよくわからないまま、僕は眠りから目覚めようとしていたのである。もしかすると別世界にいる、もう一人の自分を見ていたのかも知れない。そしてそれが、何かを瞬間的に垣間見せていたのかも知れない。 戻る。 続く。 |