夢。
優しさとか、心地良さというのは、そこに長くとどまることができない。自分をダメにするのである。相手のいない閉じた心の中で、自分を堕落させ、腐らせ、自らを破滅へといざなうのである。だからそこに、心地よさの中に、ずっと、とどまり続けることが出来ないのである。そうであってはならないのである。 だから、そこから出て行かなければならない。現実の世界へ。もしも、心地よさ、優しさというのに何か意味があるとすれば、そうした、ずっと、とどまり続けることができない、一時的な居場所に過ぎないという、そうした意味でなのである。 それは、なにか別の世界へといざない導き、過ぎては消えて行く、一時的な居場所に過ぎないのである。だから、それは夢なのである。夢でしか無いのである。そしてまた、夢だからこそ、現実から離れた空想だからこそ、優しく、心地よく、そしてやすらぐのである。 それは確かに小説や映画などの空想の世界でも、見て聴いて触れることの出来るものである。しかし、どこまでも空想に過ぎないのである。それは、現実であってはならないことなのである。だからこそまた、それが親しく、楽しく、うれしいものに感じられるのである。 人間は、そうした夢の世界を垣間見ながら、現実の世界を生きている。自分にしかない、自分だけの空想と観念の世界を生きている。そうした、無限の広がりと、永遠の時間の中を生きている。しかし同時にまた、それは、現実であってはならない世界なのである。かつてのインドや中国がそうである。現実から逃げだして夢の世界を生き続けたのである。 |