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そしてまた、このようにして、現実の出来事といったものの意味や理由といったものが、人間に意識され自覚もされてくるのである。そうして自分というのが、それまでとは少し異なるものとして変わって行くのである。すなわち、歴史の必然的な的現実として、あるいはまた、原理としてそうなのである。 自分自身の観念の世界のなかで、同一の必然性といったものを感じ取っているのである。しかし、そしてまた、だからこそ、それが自分でも理解できるもの、感じ取ることができるものとして、自分自身の中から浮かび上がってきているのである。「種「としての人間の同一性がそうさせるのである。 それなしには、自分が、自分の外の世界を理解し意識することが不可能なのである。自分の中に、それに呼応するような何か似たものがあったからこそ、それが理解もできるし、意識もされてきているのである。さらにまた、それが他人にも理解ができるのである。他人もまたそうなのである。「種」としての同一性という意味でそうなのである。 |