――イメージをカタチに(・Image)――
index(索引)<concept(概念)<日誌<2011-1201-7 市
レンブラントの場合は、フェルメールと対照的だ。 画面は、 明るい光に照らされることはなく、 むしろ、その蔭(カゲ)の部分に引き付けられる。 そして、それらを照らす光も、太陽光ではなくて、 ローソクとか松明(タイマツ)といった、 人工の光である。 そして、ほとんどが夜の情景である。 昼と違って、間接光が非常に弱いので、 人の顔の陰影部分が、深く印象に残る。 人の顔が、仄かな薄明かりに照らされる。 明るいハイライトの部分でなくて、 闇の中から浮かび上がって来る、 薄暗い、仄かな「陰影(インエイ)」部分に、 主題があるように思えてくる。 レンブラントが描きたかったのは、 まさに、人の顔に宿る、 このカゲ(陰影)の部分だったのである。 それは、自分の中にある、果てしのない、 底なしの陰の部分である。自分の中にあって、 自分でも測り知ることの出来ない、 そうした得体の知れない、自分の中の未知の部分である。 それが否応なく自分を取り囲み、とらえて離さず、 そうして自分を支配しているのである。 それは、自分の中から浮かび上がって来たものでも、 自己の底から押し出されてきたものでもなく、むしろ、 自分から避けることも、逃げることもできずに沈潜し、 内向してゆく、そうした閉じた世界である。そしてまた、 そうした意味で、フェルメールとは対照的な世界なのである。 それは、太陽が照らし出す、 フェルメールの明るい真昼の光の中では、 決して表現できなかったであろう。 |