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取り憑き、なりすまし、コピー。 ニセモノやデッチ上げ。 錯覚、錯視、誤認、間違いや勘違いに過ぎないものであっても、このような不具合や障害といった得体の知れない感覚自体が、自分の中にある正体不明の何かを表現しているのである。 これは必然なのである。不具合ということ自体が、現実にないもの、あり得ないもの、予測もされず、あらかじめ設定もされなかった「何か」を表現している。それは、現実の外の世界を映し出しているのである。 そしてそれはまた、自分にしかない、自分だけの世界なのである。そしてそれを、現実の目に見える世界に見ているのである。そして、その変化のあり様の中に、自分自身の存在の必然性を見ているのである。 すがたカタチ自体には何の意味もない。それは、変化する時間の中で始めて、その原理や必然性が見えてくるのである。 |
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2019-0104-0113