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偶然と錯覚と思い込みが私たちの行動と意識を支配している。それ以外にあり得ず、また、人間にはそれしか出来ないのである。他の方法というのが、出来ないように出来ているのである。 偶然と錯覚とは、これこそが現実世界での客観性の保証なのである。そしてこの自分ではどうにもならない客観的な世界を、自分の主観的な思い込みの意志によって生きているのである。自分の意志とは、このような主観でしかないのである。 これが人間のシステムであり、その行動と意識を支配している構造と機能であり、役割なのである。だから、それ以外の感じ方といったものが元々ないし、また、感じることが出来ないように、あらかじめ出来ている。そしてこれが人間という原理であり、理由であり、仕組みなのである。 このような偶然と錯覚と思い込みによって自分を意味づけ、自分の理由といったものを理解し、そしてそこから行動へと動いている。だから、このような行動や存在の仕方、型式といったものは、やはり偶然と錯覚の結果なのである。 |