index< 日誌 < au錯覚< 24d-69生成される観念 「印象」p2 |
それは自分自身の無意識の観念の世界で繰り返されて固まった、精神の世界での自分自身のすがたなのである。これが自分なのであって、それから逃げることも、避けることも出来ない自分自身の根源なのである。 そうして、このような自分自身の表情や仕草といったものが、現実の具体的で実用的な必要から切り離されて、ただそれだけで、それ自体で自分自身の固有でオリジナルな感情や情緒を表現するものとして意識され、自覚もされ、そして納得し理解もされたのである。 目に見える自分自身の外面的なすがたカタチといったもの、そうした表情や仕草といったものが、いつの間にか現実から切り離されて、非現実的な観念の世界の中で象徴と化したのである。 そうやって自分を確かめている。そして確かめることが出来たのである。そしてこれが自分にとっての自分の証明となって、根拠となったのである。 |