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4、幻想。

だから、それは直感であり、そしてこれを基にして、そこから勝手に自分が創り上げた象徴の世界なのである。そしてこの象徴化された印象でもって、それが現実の世界であると勘違いしているのである。

このようにして、自分の中で抽象化された情緒の印象が、観念の世界の中で、具体化された現実のイメージとして映し出されているのである。それは情緒の世界の漠然としたイメージが、現実の世界の風景にカタチを借りて現れたすがたなのである。

そしてこれをもって、かつて自分が経験し実際に来たことのある、現実の世界のように思えてきてならないのである。それは自分の中のイメージの世界が、現実の世界の中でカタチとなって現れ出て来た、仮想の現実に過ぎないのである。

それは自分の思い過ごしと、願望と印象、そして気まぐれが生み出した幻想の世界に過ぎないのである。

戻る。            続く。


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2020-0510-0521