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〜3 疑惑。

所内の業務のレイアウトの関係で、彼女だけがいつも外を向いている。みんなと同じ中にいるにもかかわらず、彼女だけがいつも外を向いていて、話をする機会もほとんどない。そしてたまに振り向く。ほんの一瞬である。まるでマボロシ(幻)だ。夢の世界である。人間の想いというのが、気づかないままそこへと吸い込まれて行く。

そしていつも彼女だけが、午前中事務所にいるだけで帰って行く。みんなと一緒にいるにもかかわらず、いつもみんなの表面をかすめるだけで、中へ入ってくることがない。そもそも話が噛み合わない。たいてい途中でポキッと折れて墜落してしまうか、いつの間にか細くなって話題から消えてしまう。やはり、マボロシでしかなかったのだ。

届きそうで、届かないまま、いつも消えてゆく。事務所の中で、出入口で、門前の通勤路で、そして窓ガラスや壁の向こう側で・・・。まるで霞(かすみ)の中を漂うカゲロウ(陽炎)や、マボロシ(幻)のように。薄い影のように所内を包んでいて僕たちから離れることがない。

これではやはり、天使という以外にないではないか。そして、僕は恐ろしいことを言ってしまった。「天使のようだ」と。彼女は疑惑の眼差しで僕を見つめ、恐れ、おののき、そしておびえていた。あっ!なんという、とんでもないことを言ってしまったのだ、そう気づいたときは、もはや手遅れだった。

 戻る。                        続く。

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