index <  日誌 < K夫人:目次 < 23、「しるし」


〜2 神聖。

いつものどうってことのない、どうでもよい、ありきたりの日常の風景にあって、そこだけがポッカリと空いた、けっして入ってはならない異質の別世界のように思えたのである。なにか限りなく大切で貴いものが、けっして現実の世界に出て来てはならないもの、僕たちの目には見えてはならないものが、そこにあったのだと、そう思えて来てならなかったのである。

だから事実、僕は彼女(K夫人)に近づいたり話かけたりするのが非常にはばかられた。彼女は僕にとって、みだりに近づいたり触れたりしてはならない存在であり続けたのである。彼女が近くにいるというただそれだけで、 僕はまぶしくて息が詰まりめまいがしていた。

ただ彼女に触れるだけで僕の心は何もかも壊れてしまいそうだった。僕が生きている現実の何もかもが、もはやどうでもよいもののように思えて来て、何もかも捨ててしまって壊れてしまえばいいと思えて来るのだった。何も要らない。彼女さえいればと。彼女だけが僕のすべてなのだと。

そうした、ぼくにとって見れば何よりも大切でけっして届いてはならない、限りなく神聖なもののように思えてきてならなかったのである。それは、僕が求め願うところの示標であり、象徴であり、そしてそれが僕の「しるし」となったのである。僕が何かを自覚し、本当の自分にめざめる時のスイッチであり、何かしらの信号となったのである。自分自身の証明であり、根源であり、そして自分が生きているという理由なのだと思えたのである。

 戻る。                        続く。

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