index <  日誌 < K夫人:目次 45、「予感」



〜3 うるおい。

彼女の心根(こころね)がそうだと言うのではない。心根など僕は知らないし、知ることも出来ない。そうではなくて、彼女の外見(がいけん)がそうなのである。身振りとか仕草、カラダの動きや顔の表情や、そして「すがた」がそうなのである。イヤ、もっと言うと、この男だけの集団、職場という人間関係の中で、彼女が生きている立場と「ポジション」がそうなのである。それは彼女にしか成し得ないことだったのである。彼女にしか無いものだったのである。

男ばかりの世界に女が一人で、いつも背を向けていて、なにから何までちょうど反対側にいる。声も、しぐさも、考えも方も、どこか可愛らしく、弱々しそうな身体の特徴も。それに彼女の情緒や感情表現といったものがそうなのである。そしてまた、彼女の興味や趣味や願いや求めるもの、生き方などといったものもそうである。ちょうど男のそれと反対側に彼女がいるのである。

そうしたことは、僕たち男たちにしてみれば、まさに異質で未知の世界だったのである。そしてまたそれ以上に、僕たちがもっとも求めていて、そしてもっとも欠けていたもの、角のない丸みや、ふっくらした柔らかさや、潤(うるお)いといったものが、そうだったのである。

いつの間にか溶けていって、そっと包み込むような、そうした優しく明るい空気の気配といったものがそうだったのである。それは感性(センス)であり、情緒であり、そしてまた、私たちひとり一人が持って生まれてきた感覚そのものなのである。どこかで失い、捨てられ、忘れられていた遠い昔の感覚が、どこからかよみがえってくるのである。

そして、それこそが僕たち男ばかりの集団の中で、もっとも欠けていたものだったのである。それらすべてのことが彼女一人にかかっていた。そして、それはまさに彼女にしか無いものだったのである。それは彼女にしか成し得ないことだったのである。

 戻る。                      続く。

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