index < 日誌 < K夫人:目次。< 60、「ヨコ顔」
〜2 妄想。
ホントにそうなのだ。言葉の世界をさ迷っているだけなのではなくて、ホントにそうなのだ。言葉ではなくて、僕の肉体がそうなのだ。身体の生理と神経が、現実に耐えられなくなっているのである。空気が非常に重く、呼吸が苦しく窒息しそうに感じるのはこのためなのだ。心理的な強烈なストレスが心臓を強く圧迫しているのだ。 言葉ではなくて、身体が僕に強制している。理性ではなくて、情緒の感性が僕を支配して来て動かしている。理屈ではなくて、何か言い知れぬ意識されることのない衝動や本能といったものが、めざめてきて、僕にささやき問いかけている。無意識の衝動、言葉にならない失われた記憶がよみがえってきて、そして僕に叫んでいる。 肉体の生理と感覚が現実に耐えられなくなって、パニックを起こし、動揺し、自分でコントロール出来ずに、ありもしない現実を見たと思い込んでいる。心の中が途切れて裂けてバラバラになって、つぎはぎだらけの自分がムリヤリつなぎ合わされて、ありもしない空想の世界を現実と勘違いしている。自分の神経と感覚が自分でも統制できずに、感覚が意識から離れて自分勝手に夢を見ている。 息が詰まり、苦しく、なぜか外の世界全体がまぶしく、何も見えなくなっていて、その中から彼女のヨコ顔だけが浮かんで近づいてくる。何もない真っ白な背景の、空間の裂け目から彼女のシルエットだけが浮かんできて、ふわふわ、ひらひら、漂(ただよ)いながらさ迷い続けている。それがとってもまぶしく、それ以外は何も聞こえず、見えず、なにも感じられない。そして、僕の目を素通りし、通りぬけて、僕の目の中で直接映し出されている。いま、この現実にいるのは、僕と彼女だけなのだ。 どこかへ行くアテも、逃げる場所も、その必要も、もはやない。いま居るこの場所が僕の場所、僕の現実なのである。しかしまた、それは僕だけの閉じた、孤独な妄想の世界に過ぎないのである。僕自身がずっとそうであり続けたように。 戻る。 続く。 |