「古代ギリシャ精神」


〜6、暗黙の合意。


だから、それに気づくということがなく、反面、気づいてはならないことなのである。自分自身の存在そのもの、そして社会のシステムそのものに疑いをいだくことになるからである。自分の存在に疑いをいだいてはならないのである。だからまた、それに気づくような人間は、社会全体から忌み嫌われ、憎しみと蔑みの目で見られ、押さえつけられ、隔離され、排除される。だから、それは気づいてはならないことなのである。

それは、見ても、聞いても、触れてもならないことなのである。見えていても、見てはならないことなのである。知っていても、知ってはならないことなのである。そうやって、社会が成り立っているのである。それに気づくということ、それを知るということは、社会の存立の基盤を破壊してしまうのである。世間の暗黙の合意というものを否定してしまうことになるからである。

自分たちの存在理由が消えて無くなる。現実がすべて、ヤラセの偽りになってしまう。自分自身に対する自意識と、現実に対する認識が成り立たなくなる。現実がすべてウソとマヤカシに見えて来る。自分が生きているのが、何かわけの分からないものに思えてくるのである。

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