怪談:「背中」
〜5、脅威。
では、いったい何を恐れているのだろうか? それは、自分の存在の危機を感じ取っているのである。この世界を成り立たせ、その前提となっている自分の意識と感覚の正統性が疑われているのである。自分そのものが疑われているのである。 いま持っている自分の感覚と意識をもってしては、現実の世界を正しく反映できないという疑惑である。そして、この感覚と意識の根拠となっている、現実の自分の生き方や人間関係といったものが、その存在の基盤を喪失しているということである。自分から、自分の意味や理由が失われて行くということである。自分が生きているということ自体が、夢か幻で、何かの間違いのように思えてくる。 自分の存在そのものが疑惑にさらされているのである。言い知れぬ異和感とか、わけのわからない脅迫観念といったものが、それである。自分で、自分が否定されてゆくのを強く感じてしまうのである。それは失われ、否定されて行く自分自身のすがたなのである。言葉でも理屈でもなくて、本能的な直感として、精神はそれを感じ取り、さとっているのである。 |