「別世界」


〜1、感覚。


見えるものは光が運んでくる。見えているのは、そのもの自体を見ているのではない。それが反射して映し出した光をみているのである。だから見えるものは、様々に変化するし、見かたによっても、いろんな別のもののように見えたりもする。だからそれは、観念の世界で幻覚を見ているのでないことはもちろん、またそれが、もの自体のすべてでもないし、ものの本当の姿であるとも言えないのである。

そもそも、見えているのは、そのものの無限に変化する様々な表情の、ほんの一部でしかないのである。人間には、それしか見えないのである。そしてそれで十分であるし、それ以上見える必要もないのである。人間は自分が見たいと思うものだけを見ようとし、また、それ以外は見えないのである。見えていても無視するし、見ようともしないし、見えたとも思わないし、また、見えることも無いのである。

人間が見ている世界とは、光の質を見ているに過ぎないのであって、明暗と色彩がそれである。それを通して知る以外にないのである。だから、確かめなければならない。様々な角度や視点からも見る必要があるし、肌の感触や気配、あるいは、ニオイで感じることもある。また、カゲを見るとか、他の物体との関係から見えてくることもある。ものの様々な側面が見えてくるし、普段、見えなかったものが見えてきたりもする。

もどる。              つづく。