「霧の中」
~1、おびえ。
ただ、そうするしかないのである。 それがはたして何なのか? 自分でもわからないのである。にもかかわらず迫って来て、引き裂き、追い立てて来るのである。じっと、立ち止まっていることが出来ないのである。いままでの自分とは何か別の者がそこに居る。あるいは、それはもともと自分の中にあったものなのかも知れないのである。 それが、有無を言わせず、逃げ場のないところへと自分を追い立て、そして、襲いかかって来るのである。どうにもならない、逆らうことのできない、まるで運命のような強圧的な力となって、引き裂き、蝕んでくるのである。自分が否定される。自分の存在と理由を見失う。だから、見つけなければならないし、探さなければならない。どうしても。でないと自分を見失ってしまう。 なんとしても自分を確かめ、自分が失われることがないように、しっかりと抱きしめ続けなければならない。しかし、それがはたして何なのか自分でもわからないのである。言葉でも、理屈でも、なにかの自分の記憶や経験でもないのである。まったくつかみどころがない、にもかかわらず自分を苦しめ、自分を追い立て、まとわりついて、迫ってくるのである。 だから、なにかイメージとか、音とか、あるいは感覚的な現実のものとして表現するしかないのである。それは、恐れや誘いであって、身動きできなくなり、吸い込まれ、呑み込まれてしまいそうになる。そうしたわけの解らない叫びや怯(おび)え、自分でもどうにもならない、本能的な衝動とでもいったものなのである。 |