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しかしそれも束の間で、早春にいっせいに咲き、そしていっせいに散ってゆく。まことに、慌(あわ)ただしく、せからしい限りなのである。いつも忙(いそが)しく、せかせかと何かに追い立てられているのである。しかし、そうした一瞬の輝きこそが日本人には好まれるのである。いさぎよいとか、ケジメがあるという意味でそうなのである。 反面、それは同時に、非常に残酷なことで、古いもの、敗者、過去のものを、あっさりと、あまりにも手際よく、あっさり、きっぱりと冷酷なまでに忘れてしまうのである。これが日本的な意味で「いさぎよい」という意味なのである。 そしてそれは、日本が島国である以上、仕方のないことであって、いさかいのタネを後世に残すことが出来ないという、この空間的狭さにその原因がある。そしてまたここでも、自然条件と文化に基づく同質性と均一性の原理が働いている。だれもが同じ「日本人」なのだという、また、そうでなければならないという無意識の共通の価値基準が働いている。そして、これが日本という、私たちが生きている世界なのである。 だからこのような、無意識の世界の底から導かれてくる、避けることも逃げることもできない必然的な傾向と指向性といったもの。そしてその上で、これだけは絶対に守らなければならない不文律のオキテやシツケといったもの。そしてその絶対的な意志の強制といったもの。そうしたことが、この赤色でもって表示されるのである。 |