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3、意識。



しかし同時にまた、それは、自分が自分を意識する場面でもある。自分を外から見ているのである。それは、とっても大事なことであって、人間が自分を意識する瞬間なのである。

一つは、外の現実の世界を通して。
自分とは違う他人の暮らしや考え方と通して、それとは違う自分というのを意識する。自分たち、それぞれにとっての存在の理由が異なるのである。

というのは、人間には「理由」というのがあって、それが個人や民族によって様々な異なる現れ方をするし、また、存在の理由そのものが違うということである。「種」としての根源が異なるということである。

理由というのが絶対的ではなく、民族によって、またその場所と歴史によって、相対的なものに過ぎないということである。異なる様々な現れ方をするということである。そうやって人間は、自分自身の理由からも切り離されてしまうのである。というのは、自分で自分を意識せざるを得なくなるのである。自分を見つめ、自分を自覚せずにいられなくなるのである。これが「外から自分を見ている」状態である。

もう一つは、「内なる自分自身」を通して自分が意識される。自分自身が変わってしまったと気づく時である。過去と現在を比べて自分が違うと気づく時である。違うということを通して、自分にしかない独自性や自律性を発見してしまう。

それと同じことを、世界史というもっと巨大なレベルで見ると、外からの他国との交流・抗争を通して自分を自覚する場合と、自分自身の民族の歴史の記憶を通して自分を知る場合と、に分けられる。


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