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13、部外者。



また、それは反面、それは特殊な現象を生み出している。「鎖国」である。地続きのユーラシア大陸では、こうしたことは事実上不可能なのである。いつでも、どこからでも異民族・異教徒が押し寄せて来るのである。また、そうしたことが、大朝の盛衰と交替に直接つながっている。

そしてまた、異民族の先進文化というのが、支配被支配の直接の、同時的関係として一緒に入って来る。先進文化というのが、支配被支配の関係としてセットで入って来るのである。文化や技術が人を通して、人とともに入って来る。これがユーラシア大陸の世界である。

ということは、支配体制の変更、ないし、交替を伴う。それなくして技術の移植が不可能だからである。戦後日本の急速な経済発展は、それ以前に、アメリカによる政治体制の変更(強制)があったからである。

20世紀前半まで、日本では、異文化は「もの」として入って来るのであって、人として入って来ることがなかった。こうしたこともまた、きわめて異質で特殊な世界なのである。

島であること。海によってへだてられて、同じ場所で、同じ子孫が数千年ずっと同じように生きて来た。そうするしかなかったし、そうすることが出来たのである。こうしたことは、ユーラシア大陸では、およそあり得ないことである。これが島であるということの特質であって、入って来ることも、出ることも容易でない世界なのである。

たんに距離的にそうなのではなくて、文化的にもそうなのである。情緒や気質、気性、そしてそこから形成されてきたマナーやルールといったものが、島というフラスコの中で均質化し、特化され、固定されてきたのである。

有史以来、外国の侵攻をほとんど受けることがなく、また、天皇という名の大朝が、別の大朝に交替することがなかったのも、その必要がなく、また、外からそれを望まれることもなかったからである。要するに、世界から見ると部外者、どうでもよい、よそ者であり続けたのである。


戻る。            続く。

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