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9、満たされない。



戦乱とか自然災害とか飢饉とか、ひどい困窮の状態におちいった時、人間は、もはやそこにとどまることは出来ないのであって、そのまま何もしないでいると飢えて死を待つだけとなる。だからそこを出て行くしかないのである。もちろん、それとわかっていて留まる人もいれば、意を決して出ていって、より早く死に至ることもある。

それは先の見えない挑戦、やむを得ない、まことにそれ以外に仕方のない、本人の意思とはほとんど関係のない、外からの強制なのである。そうやって、運がよければ偶然が重なって、新しい地平で新しい生活が始まることになる。

そうしたことは、生存のための食糧確保の必要から始まる場合もあれば、そうでないキッカケで起こる場合もけっこうある。古いユーラシア大陸からアメリアへと、わずらわしく、うっとうしいヨーロッパから宗教と信条の自由を求めて、移民したのがそうである。

原因と理由を他人に探し求め、悪人探しを開始し、そうやって他人を壊してゆくことによって自分の居場所を確保し、自己を保存し、与えられたシステムのなかで、自分の拠り所と立場を作り出すのであって、中世の宗教裁判、現在の政治犯秘密収容所がそれである。

原因も理由も実際のところどうでも良いのである。要は、誰かが悪いのであって、そうして誰もが納得し気が済むし、また理解もしてくれるのである。そして何よりもそうやって世の中が安定するのである。こうした社会では、悪者は必ず居るはずだし、いなければならず、居なければ作り出すし、またムリヤリ作りだしてきたのである。そうやって社会というのが持続し得たのである。

あるいは、20世紀前半くり返された世界大戦がそうである。ホロコースト、民族浄化といったものが、たまらなくイヤな人々もいるのである。自分自身が、個人というのが、それだけで自立した主体であろうとする人もいるのである。

もはや自分がそこにいることが出来ないのは、飢えて死にそうだからではない。経済的にはむしろ恵まれている。そうではなくて、精神が満たされない、といったことから、そうする場合もあるのである。


戻る。            続く。

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