index < 日誌 < u列島< 「心の中」p8/


 
1、舞台。



島であること。
同じ血筋の子孫が、同じ場所で、ずっと、同じ生活の仕方をもって生き続けている。隣りも、その隣も、またその隣も。日本列島全体の人間がみんな、ずっとそうやって生きて来ている。また歴史上、異民族の侵略が成功したこともない。異民族の侵攻自体がほとんどなかった、そうした世界である。

ヨーロッパの麦耕作と違って、米の水稲耕作は作付面積当たりの収量が高く、農家の占有耕地面積は非常に少なくて済む。日本の場合は特にそうで、それをより高度化・集約化したものである。つまり、どういうことかと言うと、人間が密集しているのである。過密なのである。さらに歴史上、遊牧というのが行われず、出来ず、遊牧は日本の地形では不可能である。生計の手段としては、農業と漁業でほぼ固定されている。

なにが言いたいのかというと、このような人間の間では、お互いがお互いのことを、とってもよく知っているということである。なにも言わなくても、なにもしなくても、お互いが自分たちのことを何でもよく知っているのである。お見通しなのである。これが歴史上過密状態のままで固定され続けて来た人間同士の間柄というものなのである。

お互いというのが、なにもしなくても、よく知り合っている。「あ・うん」の呼吸、和の精神、以心伝心の世界なのである。言葉など全く不要な飾りに過ぎないのであって、その場の雰囲気と「空気」だけで、すでにコミュニケーションしているのである。外からの直接の影響を受けることがなく、歴史的に固定され続けてきた、情緒と文化の共通性と均質性がそれを可能にし、そしてその前提となっていて、また、それがその仕組まれた現実の舞台となっているのである。


履歴へ              続く。

index < 日誌 < u列島< 「心の中」p8/