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「空気」が重く、息苦しく、暗く感じられるのは、このためである。あるいは反対に、軽く、明るく、ときめいたりするのも、このためである。ストレスや強いあこがれといったものが、心臓や血流、そして呼吸や生理作用に強い圧迫となって、それが息苦しさや衝撃として感じられて来るのである。 これは自分の肉体に対する衝撃ではあるが、その原因となったのは、外からの精神的なストレスである。それが自分自身の感覚の感じ方として現れているのである。 自分自身の心臓の鼓動の音色が、体内を流れる血液のざわめきが、そしてまた、呼吸する息のリズムがそうである。どこか別人のように感じられてくるである。めざめようとしているのである。現実の外にあったものが、現実の中に出て来ようとしているのである。 そうしたことが聞こえても来るし、あるいは生理的・潜在的な映像として見えてもくる。自分自身の肉体の中で触れて、問いかけ、ささやいてもいるのである。あるいは音色となって自分自身を支配している。 コトバ以前の衝動や本能として。なにかを求め誘(いざな)う指向性として。情緒というのが、そうやって自然と一体化し、同期しているのである。これは必要なことなのであって、そうやって、個というのが表現されるのである。そうやって自分というのを見つめ、そして気づき始めているのである。 |