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3、理由。



バランスとは、全体としての一体性とその統合性であって、そして、それらすべてが自らの下にあるという、自己の内的同一性である。そして、それは他の言い方をすれば、自分がその中で生きてきた文化と自然であり、そしてその中で際限なく繰り返され、保存され、継続し、そして固まってカタチとなり形式となった、そうした自己の秩序、型式といったものである。まさに、そうしたことが、自己の内的必然性としてあるのであって、自己の存在理由ともなっているのである。

それは意識されることのない感覚の世界であって、意識とは別の、意識の届かない世界である。自分でもどうにもならず、自分を追いたて、規制し、方向づけている、自分自身の中にあって、自分でもどうにもならない世界なのである。

自分というのが、この世に持って生れ出てきたもの、先天的なもの、そして、意識とは別のところでそれと気づくことなく身に着けてきた感覚の世界、情緒や感受性、気質の世界なのである。

そうしたことが人間を支配していて、自己の内的同一性と存在の必然性となっているのである。そうした感性や理由といったもの、つまり、自分にとって何よりも大切なことが、現在の日本において、もっとも忘れられ、そして破壊されているように思えてくるのである。


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