index < 日誌 < 怪談< 「自分の中の他人」p5/ |
湿ったような冷たい、あるいは、なまあたたかい肌触りといったもの。そうした何かに触れる感じが首筋や背筋、足元から伝わってくる。そうしたもの言わぬ人の気配がどこからともなく近づいてきて、僕の身体をなでている。血が凍り、鳥肌が立ち、背筋がぞっとする。何もないはずなのに、なぜか、どこからともなく人の気配がしてくるのである。 そして脈打つ心臓の音や、呼吸する人の吐息きといったものが聞こえても来るし、実際に伝わってもくるのである。たしかにその通りなのである。いま思い出してみても、そうとしか言えないし、正直に言って実際その通りなのである。 神経障害か? それとも精神異常なのか? イヤ、そうではない。まったく反対である。正常だからこそ、そうした感覚が残ってもいるし、感じられてもくるのである。これは正真正銘の正常であるし、そうであるはずの、そうでなければ感じられることのない、自分自身の本当の感覚なのである。そして、だれもが持っている通常の当然の感覚なのだと思えてくるのである。 なぜか? それは自分自身の中にある、感覚の世界を見ているのである。忘れられ、意識することのなかった、失われた記憶の世界を見ているのである。そして、それがまた何なのか自分でもわからない、得体の知れない記憶であるがゆえに、ハッキリしたカタチとして思い出すことが出来ずに、このようなワケのわからない、正体不明の不可解で、不思議な、人の気配となって感じられてくるのである。 これは意識されることのなかった自分自身のすがたなのである。忘れられ失われていった自分自身の中の、感覚の記憶なのである。それが自分の身体の中から聞こえてもくるし、感じられ、伝わってくるのである。 |
index < 日誌 < 怪談< 「自分の中の他人」p5/