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それは自分にしかないもの、自分だけのもの、自分自身の個性といったものである。そしてまた、それが自分自身にとっての必然であり、指向するところなのである。指向する必然性なのである。そして、この「必然性」こそが自分自身の正体なのである。自分自身の生命であり本質なのである。 しかし、個人にとっての必然性がそのまま社会にとっての必然性とはならない。それはもともと別のものである。それは社会の、全体としての調和とバランスの問題なのである。そしてその解決こそが、社会にとっての必然性なのである。 それは、自己同一であり続ける社会というシステムの維持・継続である。自己を保存し変化しながらも同一であり続けるのである。それが社会にとっての必然性であり、原理であり、理由なのである。 そしてこれを別の視点から見ると、これが社会の個性であり、特徴であり、そしてまた、その社会特有の情緒が生み出し、指向する必然性なのである。社会が何かを指向するということは、これがその社会の個性というもので、それに合わないシステムは定着することがない、ということである。そうした意味で排他的でもあるということである。 |
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