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景色というのが明暗を通して自己を主張し、暗さの中からそれを押しのけて明るさとしての自己を現してくる。そしてこの明暗の差というのが著しく、そして激しく強力なのである。 ふてぶてしく、厚かましくて図々しいのである。むき出しで周りと張り合ってでしゃばる。それぞれが自分に精一杯で、まわりを押しのけてでも出てこようとしている。 だからこれを外の世界、外気との関係でみると親しいというよりも対抗的で、外向的で戦闘的である。冬のような内向的でも、春のようなおだやかな親和的な関係でもなくて、外の世界に対して対抗的なのである。 攻撃的で力強く活発に反応している。外向的なのである。色とかカタチそして光の強さといったものが、自己の中から外の世界へと向いているのである。それはこの夏の地上に生きるものにとっては必然のカタチなのであって、もともと自分の内部にあったものが夏の世界に導かれ、指向されてカタチとなって出て来たのである。 反対に、たとえば冬の世界は光そのものが弱くて、コントラストもおだやかで陰にこもったような印象を受ける。陰影が弱く景色に奥行きがなく、のっぺりしていて平板な感じなのである。そして活動が停止して時間が止まったような感じになる。しかしこれはまた、薄闇の世界や月明かりの下の世界もまたそうである。夢の中の世界もそうである。どこか非現実的で仮空の世界に迷い込んだように思えてくるのである。 だがしかし冬の世界は現実的である。寒くトゲトゲしく、そしてそれは肌身に刺すような感じがつきまとう。実際に寒さというのが身体の中に入ってくる。ただ見た感じだけでなく、触れる肌の感じとしてそれが身体の中にまで入ってくる。これが冬の覚めた陰にこもったような現実の世界である。 |