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11、システム。


もちろんそれは、社会のシステムと周りの人々の了解と承認に基づいて、様子をうかがい、気づかいながら暗黙の内になされるのである。そしてまた、自分自身もそうやって、自分というものを獲得して行くのである。自分が誰なのかを知ることになるのである。

たとえそれが、自分を生まれつきの犯罪者や障害のある者として扱うものであるとしても、そうなのである。いわれなき差別や偏見であるとしてもそうなのである。それはむしろ、始めから終わりまで偏見と迷信で成り立っているのである。自分に自己意識がない以上、それを自分で判断することが出来ないのである。またそのように教育されてきたのである。

自分で自分を省みる自己意識のないところでは、そうならざるを得ない。自分のことを自分で考えるのではなくて、他人にすがって(または利用して)、他人の権威と考えに基づいて自分が生きている限りそうならざるを得ないのである。

権威がもたらす上下の関係なかで生きている。自分の感覚や思考というのが、このような権威からの借り物である限り、そうならざるを得ないのである。そしてたいていそうなのである。またそうやって社会が安定し、誰もが安心安全に生きて行けるのである。そしてこれが社会というシステムなのである。

戻る。                      続く。


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