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人間が作り出す様々なもの。文学や芸術や科学や技術、食べ物や衣服、住居・・・等など。いわゆる文化といったもの。実は、それら文化の以前にあるもの、それらの出発点になっているのが、それなのである。 すなわち、感情や情熱以前の、生理や神経の自律した反射作用の、無意識の世界がそうなのである。理性や論理以前の情緒の世界なのである。気質や気性といったものが、そうなのである。 そして、それを規制し方向づけているのが、人間の現実のありのままのすがた、すなわち、現実の物理的・空間的存在としての人間の肉体であり、その身体構造であり、そして、そこから規定されてくる身体の行為の仕方であり、その範囲なのである。そうしたことが、まさしく人間の現実の肉体なのである。 中世ルネサンスの、自己の再発見と言われたこの時期に追及された、人間の肉体表現といったものは、まさしく、このような意味でなされたではないだろうか。人間が歴史上はじめて、自分で自分を見つめ、そして問い始めたのである。人間が、自分で自分の精神のすがたといったものを、目の前に表現し始めたのである。 |