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2、社会システム。



目から見る相手の顔面全体はすべてほぼ同じ距離にあって、同じように焦点距離が合っているはずなのであるが、目だけがクッキリと見えて、その他はどうでもよい、あいまいな輪郭のぼやけた映像として見えてくるのである。つまり、興味があるのは目だけで他はどうでもよいというのは、つまり主観なのであって、その意味で意図的で意識的なのである。こうしたことが「ぼやける」という意味である。

そしてその見え方の特徴は、「かすむ」という場合、景色とその輪郭線が背景の中に薄くなって消えてゆく。だから、景色の中の境界部分の輪郭線が明暗の濃淡として最後まで残る。

これに対して「ぼやける」というのは、景色中の輪郭線というのがまっさきに背景のなかで広がって消えてゆくのである。輪郭の色と線が周りに溶け込んで、混じり合って、広がって、同化してゆくのである。そして輪郭の線はこのぼやける途中ですでに消失している。線が太くなり広がっていって面となりそして境界のないグラデーションと化している。

だから、「ぼやける」というのは、見てはならないもの、見る必要のないもの、見えないもの、見えていないし、見ようともしないもの、見えていては都合の悪いものなのである。自分にとって都合の悪いことを自分でも気づかないまま曖昧にしてしまうのである。

そしてそれは、だれにとっても都合の悪いものであって、それがこの社会の暗黙の了解、前提となっているのである。社会とはシステムであって、それに合わないのは相手にしないのである。相手にしてはならないのである。理解不可能などうでもよいものとして無視するか、場合によっては排除するのである。


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