index < 日誌 < af. 必然。 < 「存在の理由。」 |
日々の暮らしの中の習慣や常識、日常の世界というのは、それはつまり、見せられている、押し付けられている、与えられている現実に過ぎない。真実の自分のものではない。 そしてまた、芸術や絵画の中に見る精神性や理性といったものは、自分で見つけるしかないものなのである。なぜなら、それを知ることが出来るのは自分以外にいないからである。それは自分自身のことだからである。自分の精神の中にしかないものだからである。 そして、それはまた、自分自身の身の周りの、どこにでも見つけることが出来るものでもある。しかし、ただそれに気づかないだけなのである。 心のなかで何かが欠けていて、自分を見失ってしまったのである。そして自分が消えてしまったのである。なにもかも見えなくなってしまたのだ。現実を透過して、その奥で現実を動かしている原理や必然性が見えなくなっているのである。自分自身の存在の理由が見えなくなっているのである。 |