index< 日誌 < u列島 < 19-016「続、いさぎよい」p6-

 
6、ならわし。


日本の歴史には、争いに敗れた敗者の悲惨な最期が多い。というよりも、この閉じた島のなかでは、敗者というのは、悲惨な結末しか用意されていないのである。そのようにしかならないのである。

この狭い日本列島においては、敗者は必ず捕まる。逃げ続ける場所そのものが、現実にないのである。島は狭く限りがあって、その向こうは見知らぬ海しかないのである。だから捕まる。また戦争自体も大陸に比べると、非常に短期で、また、勝者・敗者というのが常にはっきりと分かれてしまう。現実の話として、それ以外になりようがないのである。

そして昔から、これが作法であり、習慣であり、習性であり、習わしとなってきたのである。「いさぎよく」ないものは、見苦しく、わずらわしく、みにくいものとして。「いさぎよい」のを自分たちの美意識に合った、美しいものとして崇(あが)めてきたのである。

過去のいさかいや、わだかまりを引きずっていては、この狭い島国では生きて行けないのである。だからまた、あっさり、きっぱり、そして手際よく、過去を忘れて明日に向かうのである。



戻る。                   履歴へ

index < 日誌 index< 日誌 < u列島 < 19-016「続、いさぎよい」p6-