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知らない、気づかない、見えないというのは、それが、見えても気づいてもならないところに自分がいるのである。そうした場所に自分の立場というのが成り立っているのである。そうしたことが、自分の成り立ちの条件になっているのである。だからそれは、自分にとって見えてはならないものなのである。また、見えることのないものなのである。 だからまた、それが見えるはずもなく、反対にそれが見えるということは、ただそれだけで自分で自分の存在を否定することになってしまうのである。そしてそれは、自分の自意識や生き方や存在をないがしろにし、破壊するものなのである。 だからそれは、どうしても認めるわけにはゆかず、許せず、自分にとってみれば出来ないことなのである。それでも、それが分かるし、見えるし、気づき、そして理解ができるというのは、自分のなかのどこかで自分を否定しているのである。 |