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4、裂け目。

また、仮にそれが理解が出来ないとしても、この理解できないことを知ること自体が、それもまた一つの理解の仕方になっているのである。そうした意味で、それは、自分の中の自分でない部分を通して他人を見ているのである。それなしに、理解できないということを、自分が知ることがないのである。

自分にとって、それが理解できるということ、それを知ることが出来るということ、そして、そうしたこと自体が、自分にとっての理解の仕方になっているのである。それは、それが理解できないものであっても、そうした理解できないものであることを、「知る」こと自体が、自分にとっての理解の仕方になっているのである

それは、分裂した自己の内部を通して、外の世界を見ているのである。そしてまた、だからこそ、それが見えてもくる、ということなのである。自己の内部での自己の分裂なしに、それは見えることも、知られるものでもないものなのである。自己の分裂とは、反省する自己の淵源なのである。底なしの谷間であり、自己の裂け目なのである。

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