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そうした意味で一般的な類型やカテゴリーというのは、それが現れる現実の物的空間的なカタチのことを言っている。つまり、類型化されざるを得ないのである。そうして、そのように見えてもくるし、感じられ、そしてそれが自分でも理解ができるものとなるのである。 自己の内的な自律性、原理や必然性といったものが、自己の外の世界に対して、それを通して反射して映し出されているのである。何らかのカタチを通して現れてきているのである。そしてこれが自己の感覚なのである。 そしてまた、この感じ方といったものが、自己の観念のなかで類型化・カテゴリー化されて始めて、それがカタチとして現実のなかで感じとることができるようになっているのである。 |