index< 日誌 < k思い込み < 20-75「主観D 分裂以前」 |
このような精神が、偽りの自分を捨てて自分探しを始める。そうしてこのような自己の分裂が、外の世界に対して自律した、自己の内的世界を作り出すのである。自律した主体として、他人に依存しない自己の存在を作り出しているのである。 従って、それは必ずしも上下の関係を必要としないのである。また、それを求めたところで、自分自身というのが、そのように出来ていないのである。 そうして、それらの間を転々として移動しながら、自己を保存して行くのである。自己というのが自律した主体である以上、上下の関係というのが始めから成り立たないのである。 しかしまた、そうした自律した存在というのが現実的でなければ、いやおうなく上下の関係に入って行くか、あるいはまた、新天地でのまったく新しい生活を始めるしかないのである。それまで自分を支えてきた信仰や生活のスタイルを捨てて、新たに自分の暮らし創造してゆくのである。 不法移民の世界がそうである。どこかで自分の生活が断絶してしまうのである。それまでの自分を捨てて、新たな自分を創造して行かざるを得なくなっているのである。 |
index< 日誌 < k思い込み < 20-75「主観D 分裂以前」