――イメージをカタチに(・Image)――
たんに、金銭的経済的利害を主目的とする戦争を度外視すると、 戦争があるということは、 そこに何か和解の出来ない、 人間の存在理由(アイデンティティ)にかかわる、 何かが、根底にあるように思える。 ところが、日本列島においては、 そうした、アイデンティティにかかわる争いがみられない。 もちろん、20世紀の戦争は明白にアイデンティティい関するものであるが、 それ以前の、7世紀の「神仏儒習合」後の歴史においてはみられない。 この神仏儒習合思想こそが、 その後の、日本のアイデンティティを決定したように思える。 「神々は敬わなければならない。 敬ってなお祟(たた)るのが日本の神々である。 その祟りを鎮(しず)めるものが仏である。 だから、われわれは仏(仏教)も拝まなければならない」 堺屋太一、前掲p140 「今日の日本人の・・・・・・、神道の祭礼、仏教の儀式、儒教の倫理、 キリスト教式の結婚式、そしてクリスマスのお祝いなどは、 通常は宗教への帰依による行為ではなくて、 自ら進んでかテレビに刺激されてかはともかく、 だれもがかかわっている慣習にすぎない」 エドウィン・O・ライシャワー、「ザ・ジャパニーズ・トゥディ」1990 p271 文藝春秋。 つまり、同じ個人が、神道・儒教・仏教・キリスト教を同時にこなす。 通常の宗教では考えられない。 市 ・Image。 |