――イメージをカタチに(・Image)――
index(索引)<concept(概念)<ルネサンスへ<2012-0317-1 市
久しぶりだった。何十年ぶりだろうか。 道端で、高校生のブラスバンドの演奏をきくのは。 テレビとかCDの、合成された仮構の音の世界ではない。 実にセクシーな、生きた「現実」の音である。 春のそよ風と暖かい日差し、 楽器を吹く学生の屈託のない表情。 そしてその場の空気。開放的で華やいだ雰囲気。 近くを通りすぎる人々の、何とはなしの明るい笑顔。 他愛のないお喋り等など……。 すべてのそうしたことが、 まるで夢の中のように通り過ぎて行く。。 心はいつしか、遠い世界をさ迷っている。 そうして、ふと気付くと、この現実の中に自分がいる。 それは、ヘッドホンで聞く「音」の世界とは、 根本的に違うのである。 それは、五感で聞いている。 耳で聴いている「音」は、ただのキッカケである。 僕は、自分の肉体のすべてで聞いていたのだ。 その場の空気や匂(ニオ)い、移り行く季節の瞬間や、 学生という人生の瞬間を聞いていたのである。 これが、ブラスバンドが奏でる、現実の「音」の世界なのである。 それは「音」ではなくして、「五感」なのである。 自分のカラダ(肉体)のすべてを通して感じる、 音の世界なのである。 そして何よりも、自分の中にある、自分だけが感じる、 自分の、記憶や経験を通して聞いている世界である。 それは、極めて個性的な音で、 本人だけが、それと感じる音色(ねいろ)である。 そして、それがどこかで共鳴し、 かつて自分の中で、忘れられていた何かが、 それに呼応している。 「音」が、それを呼び覚ましたのである。 |