( 市)ルネサンスへ<2015-0213-a-1 夏の暑さ、
① まぶしさ。
夏の日光のマブしさというのは、 自分のカラダで感じる夏のそれとは、必ずしも同じではない。 それは、めまいのするような幻想的で情緒的なそれではなくて、 もっと、現実的で厚かましく、ふてぶてしい暑さである。 空気の暑さというのが、湿気と水でむし暑く、 それが、なにもかも、やりきれなくしていて、世界をおおいつくしている。 暑さというのが湿気を通して、カラダのなかに入ってくる感じで、 外の感覚的な暑さが、肉体内部の生理的暑さとなって、 入って来ている。 「暑さ」というのが、 人間をして観念の世界に閉じ込むることを、 許さないのである。内向的でなく外向的に、 行動的にならざるを得ないのである。 何かに集中しそれのみに意志を固定することが出来ず、 感情的で衝動的にならざるを得ないのである。 ふてぶてしく、相手におかまいなくずうずうしくて、むきだしで、 世界のなにもかもが、それぞれすべてが自分を主張して、 たがいに張り合って、でしゃばりあっている。だれもかもが、 他人を押しのけて、外の世界へ出てこようとしている。 空気も、空も、雲も。植物も動物も。それに、建物や道路、 そしてまた、人間の顔の表情も。 それらすべてをせきたて、追い立て、 導いているのが太陽の光であって、 それによって、地上のすべての生命が、 条件づけられ、方向づけられ、そのすがたをあらわにしてくる。 太陽の光によって、カタチとすがたを与えられ、 そしてまた、表現されるのである。 戻る。 続く。 |