( 市)ルネサンスへ<2015-0522 様式、
1:内的必然性。
形式というのが、何か形の定まった、 決められたものだとすれば、 それは、死んだ化石のようなもので、 到底、生きた人間のものだとは言えない。 どのように考えても、それが何か意味の あるもののようには思えない。人間は、 いつも変化し、そうやって、形式は自分で 創造してゆくものだと、思えてならないからである。 この形式といったものが、表面上、様々に変化しながらも、 その内的関連性といったものが、変わらない場合、 つまり、自律していて、 それを動かしている必然性といったものが変わらない場合。 その外見上の変化といったものが、 どのように変わろうとも、その変化の仕方に、 常に一定の、独特の秩序や規則性が見られる、 同一の必然性、ないし原理の下に、変化し続けている。 いわゆる、それらしさが見られる場合。 形式の上では変化しながらも、 その原理と秩序に一貫性が認められるのである。 例えば、同じものを移植しても、 それを受け入れる側の、都合、ないし原理によって、 その受け入れの仕方、表現のされ方が異なってくるのである。 これを、仮に「様式」と名付けるとすると、それが、 それを他のものと区別される原理といったもので、 そのもの独自の感じ方や変化の仕方を定めている。 秩序や規則性、必然性といったものが、それである。 外見や表面上の、すがた形(カタチ)がいくら変化しても、 常に変わらずに自己同一であり続ける、そうした、 内的必然性といったものである。表面上の「形式」と区別される、 自己の原理や本質といったものである。これが「様式」なのである。 |