index< 日誌 < aj情緒 < 21-58「感情と情緒」


5、情緒。


たとえば、怒りで相手が自覚され意識されると、目はハッキリと光を帯び、目的とその標的、そしてその手段が自覚され、それはまた、それを見る第三者にも、それがハッキリと知られてくるのである。

それは、現実的な目的と意志を持たず、そうした実際のターゲットを持たない、純粋の怒りのための怒りといったものとは、明らかにその表情が違うのである。特に、目にそれが現れる。目はハッキリとターゲットを見据えている。そしてそれを倒すタイミングを見定めている。

しかし、無意識の純粋の怒りの場合、これがない。目には焦点がなく虚ろである。もともと存在しない相手を探しあぐねている。目を向ける相手がもともと存在しないのである。現実に存在しないものに怒りを向けている。

目を向ける相手がもともと存在しないのである。そしてまた、そうしたことは、自分にとってみれば、どうでも良いことなのである。そうして感情は感情だけで遊びをくり返し続けるのである。そしてこれが情緒なのである。



戻る。                     履歴へ


index< 日誌 < aj情緒 < 21-58「感情と情緒」