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10、抽象化される観念の世界。


そうした意味で、私たちが実際に見て聞いて感じている現実というのは、多かれ少なかれ錯覚や錯視、誤認や誤解、幻覚や幻が混じっていると思えてくるのである。

また、そうした観念的な空想なしに、人間には現実の理解が出来ないし、現実を自分の頭の中で観念化することも不可能なのである。抽象化された観念の世界とはこのことなのである。頭の中の観念化とは、現実の抽象化によってなされるのである。

人間の無意識の感じ方や感覚の営みそのものが、そうなのである。それは偶然の錯覚の繰り返しがもたらした痕跡なのである。そして私たちは、たいていその後を無意識にたどってゆくのである。

だから現実の世界というのは、やはり、象徴やサインの思い込みと偏見の世界であると言わざるを得ないのである。

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