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馴れや性癖といったものは、日本が100年近く前に近代化を達成した後の、今日に至るも、忠君愛国、男尊女卑、家長へ絶対的服従、あるいはまた、先輩後輩、上司部下、「お上」の天の声・・・などと言った、上下の序列を盲信するといった、習性に強く現れている。 権威と権力への盲目的従順性がそれなのである。これは、日本の歴史上の、二千年近くに渡る儒教の教えがそうなのである。 それは、思考や理屈以前の、「自分たち」の常識として当然守らねばならないシツケと信じているのである。自分たちは、そうやって生きて来たのである。自分の生い立ちも、幼いころの記憶も、このような「常識」の世界を生きてきたのである。先祖代々、ずっとそうであり続けたのである。 |
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2019-0104-011