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私たちが、何かしらの音楽や、絵画や、あるいは実際の風景を見ていて「何かを感じる」というのは、こういう無意識の世界がその根底にあって、そしてこれが、そうした自分を支配しているからである。。そしてまた、そうしたことが自らを動かす動機と原理になっているのである。 私たちは、そうした自分の外にある何かしらの象徴や印象によって、嫌が上にも何かを感じ取っていて、そしてまた、それへと自分でも気づかないまま導かれ、そして突き動かされている。まるで、それしかないように。現実を生きる人間にしてみれば、現実というレールの上でしか何もなし得ないのである。 しかしまた、だからこそ、他人の感情や心情といったことが自分にもわかるし、知ることも出来るし、そしてまた、理解もされてくるのである。また、そうしたことを私たちは音楽や絵画、あるいは現実の風景の中に見ているのである。 |
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2019-0207-0214