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行為の際の、身体そのものの時間的順序。また、異なる部位相互間の主従関係、あるいは、それとは直接の関係がない、派生的で副次的な副産物、あるいはまた、それとは何ら関係のないただの偶然に過ぎないような随伴現象。 それに、まったくの偶然なのであるが、それがもたらす必然の、避けられない連鎖による反応といったものを考えなければならない。むしろ、この方が結果としては大事なことがあるのである。なぜなら、このような印象や目印しがサインになって、実際の肉体の動きといったものをコントロールしているからである。 つまり、そうした場合、 それは錯覚であり、誤解であり、勘違いなのである。あるいは手抜きであり、省力化であり、合理化なのである。そしてまた、その動機になっているのが、無意識の象徴や印象によるサインなのである、これが行為と思考のスイッチになっているのである。 |