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このようなワケで、肉体の生理を基に自らの情緒を理解しようとすると、どうしても錯覚にならざるを得ず、また、錯覚だけだと言ってよい。なぜならそれは、飽くまでも人間の意識の世界であって、人間の意識の世界が作り出した観念の世界に他ならないからである。 しかしまた人間は、そうやってしか、また、そうする以外に、現実というものを理解する方法を持たないのである。生理作用と意識の世界はもともと別のものなのである。生理は肉体の物理的な現象であって、意識は観念の空想上の世界だからである。 しかしまた、それが別々のものだからこそ、互いに相手を区別することができたのであり、区別することによって相手を識別し、相手を理解し、知ることもできたのである。それが自分の同じ肉体内部の出来事であるにも関わらず、そうして自分を意識することができたのである。 |