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だからまた、このような感覚の一次的な刺激といったものは、情緒や意識とは別のものなのである。そうであるにもかかわらず、私たちは何かを勘違いしている。誤解し、錯覚し、自分の都合に合わせて一方的に思い込んでいる。感覚の一次的刺激と、その感じ方を同じものと勘違いしているのである。 意思と感覚は別のものである。そして、感覚と刺激もまた別のものである。それぞれが別のものとして成り立っている。だから錯覚するのである。しかしまた、この錯覚によってそれぞれが連鎖し合っているのである。連鎖することが出来たのである。それは、それぞれの一方的な思い込みによって結ばれているのである。 |
戻る。 続く。
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2019-0317-0327