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それは、感覚自体の要求から出てきた感覚だということである。感覚自体が、それを求め、願い、そして必要としたのである。そしてそれに導かれ、誘われ、まるでそれしかないように自分を方向づけているのである。 それは自分の意志が届くことのない、感覚器官そのものが求める指向性なのである。感覚の構造そのものが求める傾向なのである。それは意識とは別のものなのである。そして意識を包み、導き、誘い出している感覚そのものの要求なのである。 例えば最初の方で述べた、自分が少し見上げたときに見える、地平線の、果てしなく限りない可能性や望みといったものは、実は、本人がそれを意識しているのではない。感覚の感じ方といったものが、それを暗示し、示唆しているということなのである。 |