index< 日誌 <ag儒教 u列島 < 24a-69くり返し 8 「日本の場合」p8 |
自分で自分の中の自分を自覚することがないのである。自分の信条や考えといったものが、自分の中にではなく、権威という他人の中にしか存在しないのである。そしてこれが自分自身の自意識であり、自己認識となっているのである。 そしてこれが自分であると勘違いし、誤解しているのである。自分の中の感覚と思考が、このような権威からのコピーで成り立っていて、そしてこれを自分のものと勘違いしているのである。 すなわち、どのように解釈したところで、自分の中で自分を意識するということが無いのである。そのように出来ている。だからまたそれは、この意味では自意識とも自己認識とも言えないのである。 それ以前に、自分というのが自分の中で意識されていない、というということなのである。だからまた、人権や人格、プライバシーなどという概念も成り立たず、それがまともに理解されることもないのである。 |
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