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情緒や感情といったものは、意識的なものでも観念的なものでもない。確かにそう感じられているし、そのように感じられてもくるのであるが、やはり、それはそうではない。 そう感じられてくるというのは、自分自身の肉体を通してそのように感じられているのであって、これを意識と言っているのである。そしてこのようにして自分で自分の肉体を対象化しているのである。意識が自分の肉体を覗き込んでいるのである。 自分が自分を感じて意識しているのである。精神と肉体、そしてまた意識と感覚が分裂し、そして互いに境界線を持つに至り、そしてそれらの間で互いに行ったり来たりしているのである。そうして互いが意識し合っているのである。 |