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あるいは、そうやってこそ自分というのが、現実の世界で何か意味のある存在のように思えてくるのである。そして、これが常識や、ルールや、オキテとなってゆく。だから、これを信じなければならないのである。信じることによって自分が救われるし、自分の立場と居場所が保障されるのである。 信じてこそ、自分が何か意味のある存在のように思えてくるのである。だからまた、どうしても信じられるというものが、この世になければならないのである。そうして始めて自分は、自分を見つけることが出来るのである。 そしてまた、こうしたことが私たちにとっての観念の世界を作り上げているのである。信仰や宗教の背景がそうである。そしてまた、これが文明とその歴史、社会や経済の下地になっているのである。 |